日本100名城の旅

最近めっきり幕末の旅がなくなり、ブログをご無沙汰していました。

今日は何の日(龍馬の誕生日)など幕末関係の事を書こうかなとか色々考えていましたが、ここ2年くらい全国のお城巡りにはまっており、幕末とは関係ないお城も沢山ありますが、お城の楽しさ、奥深さをしばらくお伝えできればとブログを再開することにしました。

まず、お城巡りにはまった経緯は、2016年7月に上田城に行ったときの話しにさかのぼります。

ここに訪れたとき、小学生くらいの女の子が櫓の入場料を払って受付の方に「スタンプを貸して下さい」と言っていたので、もともとスタンプ好きな私は、その女の子に「なんのスタンプですか?」と質問しました。
「日本全国で選ばれた有名な100箇所のお城のスタンプを集めているんです」と回答が帰ってきました。

私もやってみたい!とすぐに思い、まずは専用の日本100名城スタンプ帳を購入!早速スタンプラリーを開始しました!
https://www.100finecastles.com/

日本100名城とは、財団法人日本城郭協会が全国各地の名城を2006年に定め、全国に100箇所あるお城を言います。
1県に必ず1箇所は選ばれているので、まさに全国制覇をしないといけません!
目標は5年で100箇所達成!に定めました。実際にはスタンプラリーを始める前に登城したお城もあるのですが、新たな気持ちでスタンプラリーを開始しました。
始めてからもうすぐ丸2年が過ぎようとしていますが、約半分近くのお城に登城しました。

後は3年を待たないと100箇所達成は難しいと思いますが、まずは前半戦として登城した半分のお城を紹介していきたいと思います。

 

鹿児島、龍馬新婚旅行

念願かなって、ようやく龍馬新婚旅行の地、塩浸温泉に行ってきました。

鹿児島空港到着が午後15時だったこともあり、早々に空港でレンタカーを借りて塩浸温泉龍馬公園に向かいました。空港からは非常に近く8キロ程度です。

ガイドブックにはあまり詳しくのっていないため、空港の霧島市旅行案内でもらった資料とホームページの情報をたよりに訪ねてみると、駐車スペース10台程度(第二駐車場15台もあるようです)の小さい公園が見えてきました。

小さいながらも非常に整備が行き届き、龍馬ファンには見所がたくさんありました!

駐車場の直ぐ横が入口で、まずは川を渡ります。

塩浸温泉

塩浸温泉入口看板

 

左手に龍馬とお龍の像があるので、そこで記念撮影!

龍馬さんとお龍さん銅像

龍馬さんとお龍さん銅像

龍馬さんの銅像は何体も見ましたが、ここの龍馬さんの顔も中々りりしくて好きです。

いつか銅像だけ集めた写真をアップしたいと思います。

続いて中央にある龍馬資料館を見学しました。ボランティアの方が塩浸の由来や新婚旅行の逗留場所、薩長同盟などを丁寧に説明してくれてます。龍馬は薩長同盟に尽力していた時期に寺田屋に逗留していました。長州から護衛でお供していた三好慎蔵と一緒のところ伏見奉行に襲撃されけがを負います。お龍さんに機転で辛くも難を逃れた龍馬たちでしたが、かなりの深手を負います。その傷を癒やすため薩摩藩の西郷隆盛、小松帯刀の助けにより鹿児島の旅が始まったわけです。

俗に言う寺田屋事件とは龍馬の事件と薩摩藩士同士の過激派、尊王派の志士の同じ藩内での悲しい“同士討ち”の激しい斬りあいを指しますが、有名なのは薩摩藩士の事件ですね。

龍馬資料館の横には龍馬の散歩道があります。

龍馬の散歩道入口

龍馬の散歩道入口

龍馬の散歩道

龍馬の散歩道

時間があれば4キロ歩いてみたかったですが、今回は断念!

その他、無料の足湯やお土産を売っているところなどがありますが、ここでしか買えないものはタオルと絵はがき、キーホルダーくらいでしょうか。お土産マニアの私はもちろん全て購入しました。

足湯

足湯

 

1時間半ほど公園でゆっくりし、この日は霧島神宮に立ち寄ってから鹿児島市内の宿に宿泊しました。

本当は高千穂峰の山頂にある龍馬が引き抜いたとされる『天の逆鉾(あまのさかほこ)』を見に行きたかったのですが、時間の関係でやはり今回はあきらめ、龍馬たちが参拝したといわれる霧島神宮までで断念!

霧島神宮

霧島神宮

龍馬看板

龍馬看板

龍馬のイラストが若干雑ですが、愛嬌のあるいい顔をしています。

塩浸温泉から霧島神宮までは車で約22キロ、霧島神宮から鹿児島市内までは約60キロくらいでした。

鹿児島2日目は西郷隆盛と誠忠組メンバーを中心に観光予定です。

 

法事があって高知に行きました

少し前のことになりますが、法事があって高知にいってきました。
法事の内容は、東京生まれ東京育ちの私には不思議な事だらけでした。
葬儀で喪主は虚無僧のようなかぶり物をし、故人を見送る女性は全員白い布をかぶります。
お葬式の後は家で故人を偲ぶ会が行われるのですが、その飾り付けも少し変わっていて、ひな祭りに飾る大きなぼんぼりのような物がありました。
故人を偲ぶ会は(人が集まる会全般をいうのかな?)おきゃくと呼ばれており、そこでは皿鉢料理が並びます。

皿鉢料理

皿鉢料理

7年前にも法事に行きましたが、その時と大きく変わって多のは、「御霊前」用の袋です。
何も知識が無かった私は、普通に水引が黒と白の物を持って行きましたが、高知(地方によって異なるのかもしれません。あくまでも私が行ったところです)では黄色と白の水引でした。
今年は事前に購入してあった白黄色の水引を用意していったのですが、一人も白黄色の水引の袋に入れている人がいませんでした!
7年の歳月って恐ろしい!!

黄色と白の水引

黄色と白の水引

その他今回いろんな龍馬さんを発見したのでご紹介します。

南国インター近くのレストランにいた龍馬さんとお龍さん

南国インター近くのレストランにいた龍馬さんとお龍さん

龍馬さんの顔が怖すぎです!

高知龍馬空港の龍馬さん

高知龍馬空港の龍馬さん

老けすぎでは!

龍馬カレー

龍馬カレー

最後は、高知でよく見かける龍馬さんイケメンイラストのカレー(彼)です。
意外と龍馬さんの絵は気に入ってますが、弱々しい以蔵さんと華奢な歳三さんは少しイメージからかけ離れてるかな、と思うのは私だけでしょうか(笑)。

薩長同盟

慶応2年正月21日(誕生日同様西暦に直してしまうと1866年の3月7日になってしまいます)に薩長同盟が結ばれました。
では、今日は何の日かと申しますと、薩長同盟が結ばれた証(内容)を記した書面の裏に相違が無いことを裏書きした日なのです。

薩長同盟の大筋は以下のような内容です。
同盟は京都にある小松帯刀邸(薩摩藩士)で取り交わされました。
何故同盟を結ぶことになったのかを一言で伝えるのは難しいですが、簡単に説明すると、
特に長州は、1863年8月18日変で京都から追放され、翌年の蛤御門の変(禁門の変ともいう)で会津藩などの連合軍に敗北、結果朝敵とされた長州藩は、その後復権を狙います。
薩摩藩にいたっても外様大名である薩摩藩の意見(改革論)が幕府に届かず、不満を抱いていました。
絶大な勢力を持つ二藩が、日本が大きく変わろうとしているさなかけんかしてる場合なんかじゃねぇ、と多くの人が考えていました。
その当時力を持っていた人たちの仲介や坂本龍馬、中岡慎太郎など土佐藩士の尽力でなんとか「今は手を組もう!」と結ばれたのが薩長同盟です。
ただし、先にも述べたように圧倒的な窮地に陥ってるのは長州藩で、双方が対等に事を進めていくことは難しかったようです。
薩摩藩は西郷隆盛ら、長州藩は木戸孝允(桂小五郎)が代表で何日もかかってようやく結ばれた同盟でした。
立場の弱かった木戸孝允が、龍馬に証として同盟の内容を記した書簡に裏書きをお願いしました。その裏書きを記載した日が2月5日なのです。

何かの本で、この書簡はほんとに効力があるものだったのか!という内容を読みました。
理由は、藩の大事に龍馬のような一脱藩浪士が裏書きして効力を高めるなんてあり得ないというものでした。
ずっと気になっていた内容ですが、気になっていたことすらすっかり忘れており、少し調べてみました。

宮内庁で保管されているこの朱書きを宮内庁のホームページで調べてみたところ
木戸孝允(桂小五郎)が坂本龍馬に宛てた尺牘(手紙)の裏に返書として書かれたもの。木戸が慶応2年(1866)正月に交わされた薩長同盟の内容を6項目にまとめて確認を求めたのに,翌月,龍馬が表の内容に相違ないと,朱書で返答したもの。(木戸家文書のうち)
出典:宮内庁ホームページ
http://www.kunaicho.go.jp/culture/shoryobu/syuzou-z08.html
と記載されていました。

この説明の私なりの解釈は、
小五郎が龍馬に手紙を送って物に対し、内容に間違いが無いよ!と手紙を返しただけともとれます。
西郷隆盛が龍馬に裏書きをお願いした記録が残っていないので、龍馬が薩長同盟の立役者のように言われてますが、実際には本件に関してはあまり重要なポストでは無かったようにも思われます。

いずれにしろ、龍馬が取り上げられるのはそのカリスマ性と、自由奔放な生き方などにあるのだと感じます。
龍馬大ファンの私ではありますが、まいどのことながら、薩長同盟のために龍馬より尽力した中岡慎太郎(龍馬と一緒のところ同時に暗殺された土佐藩出身の志士)があまりピックアップされないのは、気の毒な気がします。
いつか中岡慎太郎の武勇伝を書こうと思います。

その前に今月は鹿児島に旅行に行くので、何を見ようか今から楽しみです!

今日は龍馬の誕生日

昨年龍馬命日、誕生日を書いてからうっかりしているうちに1月3日の龍馬誕生日がやってきました。
体の弱かった幸様(龍馬の母)龍馬さんを生んでくれてありがとう!

今日は龍馬の誕生日?命日?

龍馬ファンにとって、11月15日は非常に重要な日です。
今日は、龍馬の誕生日であり、また暗殺された日も同じ15日ということで伝説の日になっています。

ただし、11月15日とはあくまで旧暦の日にちを差し、現在私たちが使用している西暦とは大きく異なります。
現在の西暦は、明治5年より使用されたもので、それ以前は一年が365日では無かったため、龍馬の誕生日や命日を今の暦に合わせると違う日にちになってしまうというわけです。

誕生日は、天保6年11月15日、西暦変換すると1836年1月3日
命日は、慶応3年11月15日、西暦変換すると1867年12月10日
が正しい日付となります。

また、恐らくこのブログでも以前に触れていると思いますが、それは本当に命日が15日であったかという説です。
15日の襲撃時間は21時過ぎとする説、19時頃だとする説などがあり、また襲撃後即死説と襲撃されてから8時間は生きていたという説があります。
19時が襲撃された時間だとしても8時間生きていれば、日付が変わって、16日が命日と言うことになります。

その日付を裏付ける証拠(証言)としては、
1)京都の霊山の墓碑に【十六日闘死】と書かれている
2)寺田屋のお登勢が作った位牌に十六日と刻まれており、現在も京都の寺田屋にその位牌が残る
3)現場に駆けつけた陸援隊田中光顕の証言が16日になっている

などがあります。
高知の高知県立坂本龍馬記念館の方にうかがったときも、恐らく命日は16日ではないかとおっしゃっていました。

ただ、生また日と暗殺された日が同じという方が、いかにも英雄らしいストーリーで素敵ですね。

龍馬の写真の肖像権に関して

最近、著作権・肖像権関係の仕事が増えています。
個人情報保護が厳しくなって、随分世間の意識が高くなってきましたが、著作権・肖像権に関してはまだまだのようです。

ホームページやブログ、印刷物などに著名人の写真を掲載するときは、
ほとんどの場合、出典元に許可を申請する必要があり、またその出典先を明記する必要があります。

使用したい場合は、ホームページで出典元を検索が出来れば問題ありませんが、探せない場合は一苦労です。
本、雑誌、図書館アーカイブ、博物館アーカイブなどで見かけた場合は、記載がありますので出典元に連絡をとり書類提出で使用することが出来ます。

ところが龍馬に関しては、一番有名な長崎で上野彦馬が撮影した立ちポーズの写真を使用するにはなんと有料なんです。
この写真に関しては、高知県の桂浜近くにある【高知県立坂本龍馬記念館】が管理しており、1回1点につき 5,150円支払う必要があります。
くまもんが無料で日本中を駆け巡る中、有料なのはかなりショックですが、それだけ人気が高いと言うことで納得しています。

【高知県立坂本龍馬記念館】にお電話して詳細を伺ったところ、自分で撮影した桂浜の銅像写真を使用することは全く問題ないと言っていました。

桂浜の龍馬像

桂浜の龍馬像

桂浜の龍馬像横顔

桂浜の龍馬像横顔

著作権・肖像権は奥が深いので、まだまだ勉強の余地ありです。

県庁おもてなし課

2013年5月11日に【県庁おもてなし課】という映画が公開されます。
高知県には本当におもてなし課という課があるようで、そこでは高知に観光に来てくれるよう様々な検討が行われているようです。
毎年、私はゴールデンウイークに高知観光をしますが、もっぱら龍馬さんを巡る観光ばかりです。
それだけでも十分に楽しめると思うのですが、あまり歴史に興味ない方はやはり、それだけでは高知には足が向かないのかもしれません。

昨年紹介した、龍馬パスポート(観光地を回るとスタンプを押してくれ、スタンプがいっぱいになるとランクアップしたり様々な割引などのサービスが受けられます)の効果もまだ少しは続いているようですが、龍馬伝が終わった今、観光客の足は遠のいているようです。
高知がもっと活性化するよう、これからのおもてなし課の活動を楽しみに見守っています。

また今年のゴールデンウイークにも高知に行く予定なので、いろいろ見て回りたいと思います。

高知観光と龍馬パスポート:龍馬の生まれたまち記念館

毎回、長いコメントでなかなか更新ができないでいます。
このままではいけないと一念発起し、少しずつアップしていきたいと思います。

今年は、高知県で高知県内の主な観光施設や体験プログラム、ご当地グルメ、道の駅などを巡ると龍馬パスポートがもらえるイベントが開催されています。

最初の青のパスポートは3箇所(またはプログラム)をまわってスタンプをもらうと入手できます。その後グレードアップしていくのですが、今回は3日の滞在でしたので、何とか青のパスポートまでゲットできました。

最初のスタンプ地は、龍馬の生まれたまち記念館です。

高知県上町2丁目にある、この記念館には今回で2回目の訪問です。
誕生地である上町の歴史や文化、坂本家、ゆかりの人物について分かりやすく解説、展示されています。
駐車場もあるのでとても行きやすい場所です。

龍馬と近藤長次郎さん

龍馬と近藤長次郎さん

龍馬が最後に撮影したと言われている縁側の写真を模した龍馬さん像の横で写真が撮れます。

この頃はかなり頭の毛が寂しくなっていた龍馬さん(病気とも言われている説があります)と記念撮影です。

右には同郷のまんじゅうや長次郎さんが座っています。

次回、記念館から出て龍馬の生まれた町を散策した様子をお届けします。

東京で高知!

2012年4月22日に東京銀座の【まるごと高知】2階レストランで、嶺北会がありました。

まるごと高知

まるごと高知

嶺北会は、ちょうど高知県の中央あたり、土佐町、本山町、大豊町などの地区を指しています。

東京に住む、嶺北出身者があつまり、盛大に飲み会です!乾杯はなんと日本酒です!本当に皆さん豪快です。

【まるごと高知】は有楽町線銀座一丁目をおりてすぐの場所にあり、高知の名産品が購入できます。
2階のレストランでは高知県でとれた農産物を使ったおいしい料理が楽しめますよ。

たたき!

たたき!

入り口の龍馬像が目印です。

まるごと高知の龍馬さん

まるごと高知の龍馬さん

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